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Amano考 —ガラスの中の大自然— 第9回「藤波邸の庭」

aquajournaljpアクア・ジャーナル編集部
Amano考では、1992年に出版された天野尚 水草レイアウト作品集『ガラスの中の大自然』で天野が綴ったエッセイを再掲載しています。ネイチャーアクアリウム作品のバックボーンとなる天野尚ならではの自然観や経験に触れることができます。

「藤波邸の庭」


越後村松藩と言えばその昔、城下町で栄えた土地柄で、城跡の村松公園は、花見の季節になると数百本の桜の大樹が一斉に咲き誇る。この公園を横切り、狭い山里の路を行くと、いくつかの美しい川の支流に出くわす。その源流になっているのは仙見川や早出川であるが、早春の若葉が芽吹く頃や秋の紅葉の季節に訪れると、渓流に山々の木々が溶け合って素晴らしい光景を見せてくれる。早出川は男性的、仙見川はどちらかと言えば女性的な川であるため、子供といっしょに川遊びをするには安全な仙見川が向く。またこの川は、渓流からゆるやかな流れに変わる場所に広い河原があり、キャンプファイアやバーベキューをするのに絶好の地形に恵まれている。

この河原の辺りに藤助小屋という休憩小屋があり、そこの経営者兼管理人である渡辺春作翁は実兄の嫁の父上である関係から、私はよくこの地の自然探索に同行し、いくつかの貴重な自然を見る機会を与えていただいた。私がよく水草のレイアウトに使用する黒っぽい川石はこの仙見川に産するもので、仙見川石と呼ばれている。姿形のいいものは、川石愛好家や盆栽愛好家の手によって採集されてしまったが、水草レイアウトに使用する位のものであれば河原にまだ沢山ころがっている。この銘石を初めて翁から教えていただいた時、あまりにも水景のイメージと水草の緑にマッチすることに驚いたものである。

これは今でも通い続けているのだが、仙見川沿いにはいくつかの廃村がある。兄嫁の昔の生家もこの沿線にあり、あまりにも山奥にある廃屋を見せられてびっくりしたのだが、この最深部に藤波さんという方のお屋敷がある。このお宅は、昔、地主であったということで、とても広い屋敷でガッシリとした合掌作りの家構えである。特筆すべきはこの家の庭で、実にセンスのいい作庭がほどこされていることだ。

私は数々の名庭といわれるものを見てきたが、やたらくどくど説明した庭が多かった。しかしここに見るのは、平凡ではあるがいやみのない庭である。一面の苔に笹と数本の木を展開しただけの庭である。作庭家が、それを意識して作ったかは別として、はるかな時の流れが自然の雰囲気を創り出した。これが背景の山並みと茅葺の家と一体化して「侘・寂」の世界をかもし出している。私はこれだけ自然に同化した庭をかつて見たことはなかった。

後に何度もこの庭を撮影に訪れたが、そのたびにご主人の温かいおもてなしにあい恐縮している次第である。

 

1992年出版 天野 尚 水草レイアウト作品集『ガラスの中の大自然』 (マリン企画)より

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