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Amano考 -ガラスの中の大自然- 第6回「大雨の後の手づかみ漁」

aquajournaljpアクア・ジャーナル編集部
Amano考では、1992年に出版された天野尚 水草レイアウト作品集『ガラスの中の大自然』で天野が綴ったエッセイを再掲載しています。ネイチャーアクアリウム作品のバックボーンとなる天野尚ならではの自然観や経験に触れることができます。
水が張られた越後平野の田園に朝日が輝く。(2011年 春)
※本誌編集にあたり写真は変更して掲載しています。

「大雨の後の手づかみ漁」


4月の中頃になると、越後平野一面に水が張られ大洪水の様相を見せる。これは田植前の代搔き(しろかき)という作業のためで、田に水を入れ耕運機で耕す。私は子供の頃からこの季節が好きで、田に水が入ると朝日が昇る前に近くの山に登り、越後連峰から昇った太陽が鏡のような平野を黄金色に染める瞬間を眺めたものだ。この季節は早春のはかなさと違い、春爛漫の味わいがあるところもいい。雪国に生きる農家の人たちにとっても、春が来て田植が始まる頃は1年のうちで最も幸せを感じる季節である。

おそらくこの感情は雪の降らない地方に住む人々にはとうてい理解できないかも知れない。その1カ月後には、あたり一面、淡い緑の草原に生まれ変わってしまうのだが、私の古い思い出はこの季節から若干さかのぼり、稲が最も急速に生育する梅雨時、6月中旬の頃合のこと。昔は今のように隧道や排水機がなかったせいもあって、大雨が降るとたちまち堤防が決壊し田畑は水に浸かった。4月の代掻きの水と違ってほんとうの洪水なのだから、農家の人たちはたまったものではないが、子供の頃の私たちはこのような大雨が降るとわくわくするのだ。

大雨が降り川の水が氾濫し始めると、川や池に潜んでいた尺物のフナやコイが一斉に産卵に動きだす。その行動たるや実に無防備で、あれほど神経質で警戒心の強かった魚とは思えない行動をとるのである。 信じられないかも知れないが、大物のフナやコイが道路で 手づかみで捕まるのだから面白い。学校の帰り道にどでかいフナを拾って帰ったという話はよくあったし、こんなエピソードもあった。大雨の日授業をしていたらグラウンドが見る見る水浸しになり、そのうちにフナやコイ、ウナギやナマズまでが池とまちがえて入り込んできた。最初ソワソワしていた生徒たちも、1人がたまらくなって教室から飛び出してしまったことから、堰を切ったように学校中の生徒、先生までがグラウンドにくり出し大騒動になったという。これは我が母校の話であるが、残念ながら私たちの時代からさらに10年ほど前にさかのぼった頃のことだ。

中学時代、数学の老教師が大雨が降ると決まって話されたのでよく憶えている。先生はよほどこの体験は鮮烈な思い出として残っていたのだろう。

 

1992年出版 天野 尚 水草レイアウト作品集『ガラスの中の大自然』 (マリン企画)より

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