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Amano考 —ガラスの中の大自然— 第10回「理想の苔イーター」

aquajournaljpアクア・ジャーナル編集部
Amano考では、1992年に出版された天野尚 水草レイアウト作品集『ガラスの中の大自然』で天野が綴ったエッセイを再掲載しています。ネイチャーアクアリウム作品のバックボーンとなる天野尚ならではの自然観や経験に触れることができます。
ヤマトヌマエビがまだ熱帯魚用の水槽に苔取りイーターとして登場していない頃、水草を植えた後のやっかいな苔によく悩まされたものである。写真の水槽も今はきれいであるがセッティング当初はいろいろな苔に悩まされ、まるで「苔の見本市水槽だ」と形容したことがあった。私はいろいろな生物を水槽に入れてあれこれ実験するのが好きである。柔らかなとろろ昆布のような藻類にはブラックモーリーやソードテールなどの胎生魚、またはオタマジャクシも良い。堅いサンゴ状の藻類には汽水魚であるスキャットの仲間、うすい茶褐色の苔にはオトシンクルスやカノコ貝など、いろいろな生物を駆使し苔対策にあたっていた。しかし何といってもエビ類の働きはすさまじく。柔らかな藻類のみか堅い苔までもバリバリ食べてくれたのには驚かされた。そうこうしているうちに、日本産淡水魚を専門に卸している業者と知り合うようになった。その業者に、日本国内に生息するエビを全種集めていただけないかという無理な注文を出したのである。発注した当の本人が忘れかけようとしていた頃、業者から7種類のエビが送られてきた。ニホンザリガやヤマトテナガエビの珍種からスジエビ、ミゾレヌマエビなどどこにでもいるポピュラー種までが混じっていたが、私はザリガニやテナガエビ類を除く数種のエビを300L程の水草水槽に入れて観察した。ヌカエビやミゾレヌマエビは高温と脱皮に弱く、スジエビはハサミが意外と長くなり、水草や魚を傷つけるなどいろいろな欠点が見えてくる。

その中に、ビニール袋に赤いマジックでヤマトヌマエビと記された美しいエビがいた。そのエビこそ私の採点で満点に近いアベレージを出した理想のエビであった。「水草水槽における苔対策に最も適した生物イーター」と私はかなり高い評価をした。さっそく業者に「何千匹、何万匹でもよいからヤマトヌマエビを集めてくれ」とファックスを流した。ところが業者からの返答は「エビは売れませんよ。ヤマトヌマエビやヤマトテナガなど今まで何百匹採集してデパートに送ったことか。みんな売れ残ってパーですわ。あんなもの何千匹も何するんですか」「ヤマトヌマエビは今後、何万匹もいや何十万匹も売れて売れて困る日が来ます。その日が来るまであなたが採集したヤマトヌマエビを全て私が買い取ります。必ず私が世に出しますから。その代わり、他の業者からの誘いがあっても流してはダメですヨ。約束して下さい」業者は半信半疑だったが、その後ご存知のようにヤマトヌマエビは爆発的ヒット商品となり今日に至っている。そしてこれは、ヤマトヌマエビを初めて苔イーターとして使用した記念すべき水槽なのである。

 

1992年出版 天野 尚 水草レイアウト作品集『ガラスの中の大自然』 (マリン企画)より

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