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Amano考 -ガラスの中の大自然- 第1回「身近な自然」

aquajournaljpアクア・ジャーナル編集部
Amano考では1992年に出版された天野尚 水草レイアウト作品集『ガラスの中の大自然』で天野が綴ったエッセイを再掲載しています。ネイチャーアクアリウム作品のバックボーンとなる天野尚ならではの自然観や経験に触れることができます。現在、月刊アクア・ジャーナルで連載中。

 

“身近な自然”


アメリカのある精神医が、5月病を治す最も効果的な治療法は「グッピーを毎日眺めることだ」と発表したことがある。下手な薬を飲むよりもグッピーの小さいながらも生命力のある姿を見て、己の生命力の乏しさに気づくのかもしれない。5月病に限らず胃潰瘍や精神性胃炎など、人間関係の複雑化からくるストレスやプレッシャーといった、精神的な圧迫による病を訴える人たちがかなりの数にのぼると言われている。さらに驚くべきことに、小学生の児童までもがストレスから起こる胃炎に冒されているという。これらの現状を目の当たりにすると、私たちが生活している社会の仕組自体を疑わずにはいられない。

文明国、経済大国と呼ばれる国に住む私たちは、諸外国に比べると何不自由のない文化的な暮らしを営むことができるようになった。そして便利で、より優れたものを買い求める傾向が強まり、無駄なものには目もくれないという経済観念が、社会一般の風潮として浸透しつつある。私たちの暮らしは江戸時代から比べれば、はるかに良くなっていることは事実であるが、精神的ゆとりという面から見たらどうだろうか。彼らの時代は自然破壊もなく、自然には恵まれていたにもかかわらず、「ペット産業」が盛んで犬や鳥、金魚などのあらゆる品種が人工的につくリ出されていた。さらに明治の文豪、小泉八雲の随筆の中で、江戸時代にはキリギリスやスズムシを専門に売る商人がおり、それが立派に商売として成り立っていたというから驚く。江戸時代の庶民がいかに心豊かであり、粋な感覚を持っていたか感心せずにはいられない。

日本人は元来、自然を愛し自然を生活の中に取り入れることにおいては世界のどの民族にもない優れた感性を持ち合わせているはずである。自然が日々失われていく中、人間が植物や他の生物たちと共存して生きて行かねばならないという本能的な自覚とともに、自然を身近に置きたいという願望がやがて起こってくると思う。

 

1992年出版 天野 尚 水草レイアウト作品集『ガラスの中の大自然』 (マリン企画)より

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